OF WALKING ABOЯTION / MANIC STЯEET PЯEACHEЯS

“私は知っていた。いつか私が死ぬということを。そして、私が死ぬ前には、二つの出来事が起こるだろうということを。第一に、私は自分の人生すべてを後悔するだろうこと。第二に、私は自分の人生すべてをもう一度やり直したいと思うだろうこと。”*1

 

生とは 死の振り子に吊るされた鉛の錘子

純潔であろうとなかろうと 傍観者であろうと受刑者であろうと

わかりきった真実 無関心はどんなものだって呑み込んでしまう

ヤク中も アル中も 売春婦も この国のモラルの自滅だって*2

 

負け犬 ホラ吹き 詐欺師だろうとインチキ野郎だろうと

誰もそいつらに関心を持ちやしない 誰もが有罪なんだ*3

お前は 間抜けで わけもわかっちゃいない 可哀想な子供

 

我々はみんな 歩く中絶児*4

シャローム シャローム*5 誰もが自分の子供達を愛する*6

我々はみんな 歩く中絶児

シャローム シャローム 地平線なんてありはしない

 

ムッソリーニ*7は 肉屋の鉤に吊るされ

ヒトラー*8は お前らの魂に寄生するウジ虫の中に蘇る

ホルティ*9の死体は 世界中に中継され

ティソ*10は蘇る 闘牛の惨劇

 

軍服の切れ端 だだっ広い暗澹とした廃墟

道徳的良心 お前には人に見せるような傷なんてないって?

それなら“X”の野球靴でも履いて 車でも洗ってろ*11

 

我々はみんな 歩く中絶児

シャローム シャローム 誰もが自分の子供達を愛する

我々はみんな 歩く中絶児

シャローム シャローム 地平線なんてありはしない

 

小さな家に住む小人達

ウジ虫のように卑劣で めくらで 役立たず

何の罪もなく虐殺された人々の血は 我々の誰しもに染み付いているんだ

 

誰の責任だって? お前の責任だ

誰の責任だって? お前の責任だ

誰の責任だって? お前の責任だ

誰の責任だって? お前の責任だ

誰の責任だって? 

 

*1:アメリカの作家ヒューバート・セルビー・Jr(Hubert Selby, Jr)のインタビューからの引用。生涯に渡り極端に陰鬱な作品を書き続け、多くの熱狂的ファンをよんだ。代表作は、Last Exit to Brooklyn(『ブルックリン最終出口』河出文庫)。同作の中の“The Queen Is Dead”というフレーズは、The Smithsのアルバムタイトルにも用いられた。

*2:詳しくは脚注4で述べるが、この曲のテーマは、人々の無関心こそが世の中で最も強大な悪を生み出すということ。我々は、ヤク中・アル中・売春婦といった人々を、善良な自分とは無関係な「異常者」と見なすことで、一面的に理解する(=無関心である)。そうして我々は、こういった人々の排除・無視・隠蔽に従事するようになる。このような我々にできることは、後述するように、自分自身の悪を認めることである。そうすることではじめて、「異常」というレッテルを貼られ、社会から排除・無視・隠蔽されてきた者達にも、同じ人間としての関心を向けることができるようになる。

*3:詐欺師のような人間も、決して悪人として生まれたわけではなく、周囲の人々の(当人の回りの人々というよりは、広く世間一般の人々に見られる)無関心こそがそのような悪人を作り出したということ(おそらく、フランスの哲学者ジャン・ポール・サルトル実存主義に基づく主張)。我々はこのような者達に「異常者」のレッテルを貼ることで、いとも容易く彼らを一面的に理解(≒無関心)する。そうすることで我々は、自分と彼らとの共通点を見出さずにいられる。自分は彼らとは全く異なる存在であるところの「正常者」であるというわけだ。この「善良な正常者」であるという自己認識こそが、我々を、自らの悪に対して極めて鈍感にさせるのである。

*4:「歩く中絶児(Walking Abortion)」は、アメリカの過激派フェミニスト、ヴァレリー・ソラナス(Valerie Solanas)が、著書S.C.U.M. Manifestの 中で用いた表現。S.C.U.Mは、Society for Cutting Up Menの略であり、同著書名を日本語に訳すと、『男性根絶宣言』となる(また、S.C.U.Mは「人間のクズ」を意味するscumとダブル・ミーニング)。この著作においてソラナスは、すべての女性は団結し、男性を皆殺しにして世界に平和をもたらさねばならないというトンデモ思想を説いている。その根拠は、男性は生物の進化過程で誤って生まれてきた性であり、女性こそが完全な性であること、そして、男性はその不完全さを隠蔽するために女性を暴力的・制度的に支配している、というもの。ソラナス自身の言葉を引用すれば、「男性は、生物学的な事故である。Y(男性)遺伝子は、できそこないのX(女性)遺伝子であり、できそこないの染色体の対なのだ。言い換えれば、男性は、できそこないの女性であり、歩く中絶児、遺伝子の段階で中絶された存在なのだ」。ソラナスは、世界中の男性の抹殺と、卵子のみによる子孫繁殖の研究(ただし研究が成功するまで限られた男性は生かしておく)を目的とする「男性根絶団」という団体を設立する。しかし、ソラナスの思想は他のフェミニストから全く支持されず、男性根絶団のメンバーはソラナス一人だけだったとも言われている。ソラナスは、幼い頃から父親に性的虐待を受けており、家出した後も売春をして暮らしていたことから、男性に対する憎悪を強く持っていた。

 余談であるが、変人奇人好きで有名なアメリカの画家アンディ・ウォーホルは、ソラナスを気に入り、スタジオに出入りさせ、自らの映画に出演させたりもした。しかし、後にウォーホルは、ソラナス自作の脚本をボツにしたことをきっかけに彼女の恨みを買い、彼女に銃撃される羽目になる。ソラナスにしてみれば、自分の唯一の理解者だと思っていたウォーホルに裏切られたというところだろうか。被弾しながらもかろうじて生き延びたウォーホルは、これを機に一転して変人奇人嫌いになったと言われている。

 この曲のタイトルにもなった「歩く中絶児」という表現は、ソラナスにとっては男性の不完全さを示すためのものであったが、この曲では、男性に限らず全ての人間が持つ不完全さを示すために用いられている(この意味では、ソラナスに対する皮肉とも取れる)。この曲の主なテーマは、「誰もが有罪」というフレーズがあるように、人は誰しもがこの世に蔓延る悪に加担しているということ。まったく善良な人間なんてどこにもいないということ。例えば、ユダヤ人の大虐殺といったファシズムの暴虐は、決して一握りの極悪人達が生み出したものなどではない。それは、権威に支配されることを心のどこかで望む私達の、自立した思考の欠如が生み出したものなのである。私達は知らず知らずのうちに悪を行う。そして、知らず知らずであるからこそ、それは世界に最も強力に蔓延する悪となる。この世の最大の悪を生み出すのは、決して極悪人などではなく、自分は悪とはまったく無関係だと信じ込んでいる善良な人間達なのである。この点は、ハンナ・アーレントの「悪の陳腐さ、凡庸さ」も参照のこと(NHK解説委員会 視点・論点ハンナ・アーレントと“悪の凡庸さ”」http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/400/191681.html)。

*5:ヘブライ語で「平和」を意味する。挨拶の言葉としても用いられる。

*6:自分の子供達を心から愛するような人間が、同時に残虐な行為に加担したりもする。一説には、ヒトラーは菜食主義者であり、愛犬家でもあったと言われている。

*7:イタリアの政治家、ベニート・ムッソリーニ(Benito Mussolini)。ファシズム思想の提唱者。第一次世界大戦後に国家ファシスト党を結党、総帥としてファシズム運動を展開する。後に首相に任命され、 ファシズム政権を樹立、独裁政治を行う。第二次世界大戦において、当初は中立的立場を取っていたが、後にナチス・ドイツと同盟を組むことを決断。1943 年、ファシスト党内でのクーデターにより失脚。その後、イタリア社会共和国(1943~45年まで、ローマ以北のイタリアに存在した国家)および共和ファシスト党イタリア社会共和国の政党)の指導者を務めるも、敗戦にともない再び失脚。1945年、裁判により銃殺、遺体はミラノのロレート広場に吊るされた。

*8:ドイツの政治家、アドルフ・ヒトラーAdolf Hitler)。第一次世界大戦後、国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス)の指導者として、アーリア民族中心主義、反ユダヤ主義を掲げた政治活動を行う。1933年にドイツ国首相となり他の政党や政敵を弾圧、翌年には大統領の権能を継承し、独裁者となる。ヒトラーは国家の三権を掌握し、ナチズム運動を国家として展開する支配体制を築いた(ナチス・ドイツ)。アーリア人をはじめとする北方人種こそが世界を指導するにふさわしいとし、黄色人種・黒色人種・ユダ ヤ系・スラブ系などを迫害した。その他、障害者・同性愛者・前衛芸術家・ナチスに反する政治団体・宗教団体などを、アーリア人の血を汚す者として迫害する。また、自国領土の拡大のための侵略政策を進め、第二次世界大戦を引き起こす原因となった。戦中のユダヤ人に対するホロコーストは、人類の負の遺産として今も語り継がれる。1945年、ナチス・ドイツの崩壊にともない、包囲されたベルリン市内の総統地下壕内で自殺。

*9:ハンガリーの軍人・政治家、ホルティ・ミクローシュ(Horthy Miklós)。第二次世界大戦中、事実上の国王を務める。ハンガリーソ連スターリン体制による侵攻から守るため、ナチス・ドイツと協力体制を組む。1938年、反ユダヤ法を施行。これらのことから、ファシズムの象徴的存在と見なされるようになった。ただし、ホルティ自身は反ナチスであったと言われ、ナチス・ドイ ツへの迎合も、自国を守るための不本意ながらの決断だったとも言われる。また、ホルティが本当に反ユダヤ主義者であったかどうかは、今でも議論が分かれ るところである。近年、「愛国者」「祖国の救済者」としてハンガリー国民から再評価され、ブダペストに銅像が建立されたが、ホルティの評価については、依然、ホルティを支持する右派と、反ホルティの左派の間で対立が見られるままである。

*10:チェコスロバキアの政治家・聖職者、ヨゼフ・ティソ(Jozef Tiso)。スロバキア共和国の首相と大統領を務める。第二次世界大戦中、スロバキア共和国ナチス・ドイツと協力体制にあり、約7万人ものユダヤ系住民 をドイツの強制収容所に移送し、死に追いやった。1947年、ティソは戦犯として裁判にかけられ、絞首刑に処された。ティソ体制のスロバキア共和国は、ナチス・ドイツの傀儡政権であったと言われている。

*11:“X”は、アメリカの黒人公民権運動活動家マルコム・X(Malcom X)のこと。アメリカで最も激しい黒人解放運動を展開したことで知られる。1965年、暗殺。歌詞のこの一文は、解放運動・政治闘争すらも無思想に商業化・ファッション化する人々への皮肉。